Vol.62「へそ曲がりの春」

私は流行りものに安易に乗らないへそ曲がりなところがある。
スター・ウォーズは劇場で見たことがない。TV放映もちらっと。DVDも借りたことはない。
プリウスが売れていても、試乗にも行かないし、むしろホンダのFITに乗りに行く。
コーチングも一時期流行ったが、習いに行こうとか資格を取ろうとはしなかった。
結果的にやれるくらいの理解はしているつもりだ。

最近はマインドフルネスというのが流行りらしい。
斜めに見ている人のミーハーな解釈で言えば「googleがやっている、瞑想のやつ」というところか。
それが正しいとは思っていないし、さすがに私もきちんと理解しておこうと思い、知り合いの団体が主催しているワークショップに行ってきた。

内容的にはこれまでの様々な要素が組み込まれており、それをマインドフルネスというパッケージに包んでいるという印象だった。
コーチングに出てくる積極的傾聴だったり、メタ認知の話だったり、表現を変えれば知っていることも多い。
これもまた私流にはやや斜めに見ているのかもしれないが。

瞑想は何のためにするのか。

たとえばそれは、自分との対話だと理解した。
心を落ち着けて、自分の気持ちを客観的に見つめてみる。
心を落ち着けることで、冷静に周りを認識してみる。

似たようなことは小学校の頃にやっていた「黙想」と同じだ。

「黙想」とは、「目を閉じて静かに自らの内面に深く沈思し、故人や神や自分の信じる信仰における絶対的な存在と触れ合い、故人への思いや人生、生きることの意味について思いをめぐらす行為」だ。(Wikipediaより)

故人やら神やらということは置いておいて、「目を閉じて静かに自らの内面に深く沈思し、生きることの意味について思いをめぐらす行為」というところは今のマインドフルネスで行っている瞑想と近いだろう。

批判的に感じたかもしれないが、最近のマインドフルネスや瞑想を揶揄しようというわけではない。
私自身、マインドフルネスは歓迎しているし、実践していきたいと思っている。
ただ、メディアにいいように取り上げられて流行に終わらないようにと願っている。
だからこそ多くの人に本質的な理解をしてもらえたらと思っている。

なぜなら、マインドフルネスや瞑想によって、私たちは自分や自分を取り巻く世界と対話ができるからだ。
それは個人のより良い未来へとつながっているし、より良い社会や世界へつながっていくと信じている。

DODでも「4/22 マインドフルネス×ラーニングジャーニー 内なる声に耳を傾ける内省の旅」
http://world-cafe.net/event/post-31.html 
を始めとして、幾つかのマインドフルネスな内省系のワークショップを準備している。

マインドフルネスにはいい波が来ているので、この春からは「自分との対話」を深めてみるのはいかがだろうか。
この春、私にとっては「この波に乗ってみよう」と思う、へそ曲がりの春なのである。

(DODパートナー:中川繁勝)